正常性バイアスとは?避難を躊躇してしまう心理や噴火を撮影してしまう行動

御嶽山 噴火の瞬間
防災博士
やあ諸君。

災害があった時の「避難を躊躇してしまう」行動や

また、噴火が起こっているのに逃げずに撮影してしまう危険な行動…

これらは実は、全て正常性バイアスという心理的な偏見から起こってしまう行動なんだ。

ここでは正常性バイアスの仕組みやそれで引き起こってきた被害、このバイアスを防ぐにはどうするのかを説明していくぞ。

そもそも「正常性バイアス」とは?

正常性バイアスとは?

正常性バイアス(正常化の偏見)とは、目の前に災害などの危険が迫っていても、それらを日常生活の延長線上の出来事として捉えてしまい、「大丈夫だろう」と考える心の動きです。

不安や恐怖などのストレスを軽減するために無意識のために誰もが行なっているものです。

しかし、災害時には避難や初期対応が遅れてしまう原因にもなってしまうものです

正常性バイアスTVの避難勧告を無視出典:産経新聞

正常性バイアスが起こりやすい状況

岡山の真備町では、「ダムがあるから安全と油断して逃げ遅れた」という人や、

東日本大震災では、「チリ地震津波のあとにできた堤防があるから大丈夫」と思い込んでいた人が犠牲になった。

ダムや堤防と行った安全対策がある時に人は特に正常性バイアスがかかりやすいです。

緊急時に恐怖から逃れるために起こってしまう正常性バイアスは、避難が遅れる原因になる。

ダムや堤防がしっかりしているほと、正常性バイアスはかかりやすい。

正常性バイアスが起こってしまった危険例

防災博士
正常性バイアスの恐ろしさはわかったかな?

それじゃあ、その正常性バイアスによっていくつか事例を紹介しよう。

西日本豪雨災害

非難のきっかけのデータ出典:NHK NEWS WEB「自分たちは大丈夫」それ正常時バイアスです

西日本豪雨災害で、避難をしようと思うきっかけは周辺環境の悪化が第一位。

実際にどれだけ警報が出ていても、自分の周りの環境に異変が現れてからでないと避難行動にうつらない人が大多数を占めています。

東日本大震災

津波 避難逃げ遅れ

東日本大震災でも同様に、津波避難の警報が出ても避難しない人が多く、実際に津波が目視にて確認できるようになってから避難する人がおり、結果として津波からの避難で逃げ遅れてしまいました。

御嶽山の噴火

御嶽山 噴火の瞬間出典:https://gigazine.net/news/20140927-ontake/

2014年に発生した御嶽山噴火ではたくさんの登山者が巻き込まれて死亡しました。

死亡者の多くが噴火後も火口付近にとどまり噴火の様子を写真撮影していたことがわかっており、携帯電話を握ったままの死体も発見されました。

防災博士
この心理状態が引き起こす恐ろしさがわかったかな?

どれも「自分は大丈夫だ」という思い込みにより、本当に迫っている脅威に反応できないという正常性バイアスによって起こるものだ。

正常性バイアスから逃れて正しい行動をとるためには?

防災博士
それでは最後に、一般市民と自治体に分けてどのような対策を取るべきなのかを説明しよう。

正常性バイアスに惑わされない避難

避難する人がとる行動

  • 正常性バイアスというものがあることを意識する

そもそもこの「正常性バイアス」というものを知らないと、自然に起こる心理的な状況なので自分で気がつくことができません。

知っていれば「本当に大丈夫なのだろうか」と意識することができます。

  • 率先避難者になる

このような状況において、より多くの人がうまく逃げるためには「率先避難者」が重要になります。

率先避難者とは災害時に自ら率先して危険を避難する行動を起こすことができる人です。

一人でも自分から避難する人がいれば周りもより動きやすくなります。

自治体がすべき施策

  • 避難したくなる避難所を作る

この20年、日本の避難所はほとんど変わっていません。

暖房も冷房も無い体育館で、床に段ボールを敷き、プライベートもなにもない状況で長期間の避難所生活を余儀なくされます。

そう考えると「避難」というものに消極的になってしまうのも仕方ありません。

公民館などの冷暖房が整った施設、居住環境の整った場所やホテルなどを避難先にすることを考えることが大切です。

まとめ

 icon-check-circle 正常性バイアスは安全だという思い込みにより強くなり、避難の遅れの原因になる

 icon-check-circle 危険だということを認識できずに、動画の撮影などを行なってしまうのも正常性バイアスが一員である

 icon-check-circle 市民は率先避難者になり、自治体はより避難したくなるような場所を避難所として作ることが求められている