TSUNAGARIが実際に関わった、御船町民の声

前回の記事では、TSUNAGARIの活動内容とネット上の誹謗中傷の内容をそれぞれ詳しく紹介した。
ネット上には大きく分けて3つの批判がある。
県や社会福祉協議会の指示に反して現地に押しかけたこと、クラウドファンディングの不正使用があったのではないかということ、そして代表勝又氏の人間性に問題があるのではないのかということだ。
また、それに加えて実際にTSUNAGARIの活動内容は現地のニーズに即したものであったのかという疑問点も出てきた。

そこで今回は、熊本県の住人であり、TSUNAGARIと当時関わっていた3人の方にお話をお聞きした。

前回記事はこちら

災害支援団体「TSUNAGARI」とは?公式活動とネットでの批判の格差

2019.03.20

「TSUNAGARIは本震の前にすでに駆けつけていた」

岩橋さん


岩橋美里緒さん。普段は御船町でマッサージサロンの経営をしている。東日本大震災をきっかけに、遠く離れたところからできる支援の形として命つなぐチャリティーコンサートを地元で開催している。コンサートのチケット代を寄付する団体先としてTSUNAGARIと地震前から関わりがあり、熊本地震が起きたあとにTSUNAGARIに支援要請を行なった。

津田
初めまして。SAIGAI JOURNALを運営させて頂いている津田と申します。今日は熊本地震の際のTSUNAGARIについてお話を取材させていただきます。宜しくお願いします!
岩橋さん
宜しくお願いいたします。

TSUNAGARIとすでに関係性のあった彼女

——岩橋さんは、熊本地震の前からTSUNAGARIのことを知っていたと聞きましたが、そうなんですか?

「そうです。実は私は本業をしながら、被災地支援を遠くからでも行えないかという思いで、チャリティーコンサートを毎年地元で行なっています。そこで集めたお金を使って、TSUNAGARIさんを支援していました。

当時も、月末に予定していたコンサートにTSUNAGARIさんに登壇してもらうつもりだったんです。

けれどご存知の通り、4月14日に1度目の地震が起こりましたよね。
震源地が近かったこともあり、私は『御船を助けて欲しい』というSOSの電話をTSUNAGARIさんにかけました

『すぐに向かいます』と、その日のうちに何人かの方が御船に来てくれました。すると2日後に本震が来てしまい、熊本中が大混乱に陥りました。

なので、本震より前にTSUNAGARIさんはすでに現地に入っている状態だったんです。

 

けれども、ご存知の通り本震があった後、県知事から『ボランティアは自粛してくれ』という要請が入りました。
自粛と言われても、もう現地に入っていて目の前には困っている人がいる…何もしないわけにはいかないから、とりあえず行動するしかないですよね」

TSUNAGARIへの批判、突然怒鳴られることも

——災害支援に関してのノウハウもあって、すでに現地にいて目の前に困っている人がいる。確かに活動するしかないですね。

「はい。そう考えて、すぐに支援活動が開始しました。けれども被災地外から見たらそれは自分勝手な行動だと汲み取られて、『来るなと言っているのに勝手に来た』などたくさんのバッシングを受けました。

直接的な批判でいえば、拠点に突然怒鳴り込んでくる人もいました。
また、面白がってネットで晒そうと思ったんですかね、消防のふりをしてカメラを回してくる人もいました。

しかし直接批判をしてくる人は、ちゃんと一から説明すればわかってもらえます。
でも、一生懸命活動してるときに突然怒鳴られたらびっくりしますよね。若いスタッフの子は特に怖かったと思います」

——怒鳴り込んでくる人もいたんですか…SNSの恐ろしさですね。しかもそういった批判ってずっと残りますしね。

「そうなんです。実はあまり知られていないんですけど、熊本県の川島知事はあとになって『ボランティアの活動を自粛してほしい』と発言したことに対して謝罪しています。しかし、世間はもうそんなこと興味なくって、SNSには批判された事実だけが残っています」

まとめ

・TSUNAGARIは、県からの活動自粛が発表される前に現地に入っていた。
・また現在は、熊本県知事によってボランティア自粛の発言が誤りであったと訂正されている。

 

「クラウドファンディングは全て御船に寄付された」

御船町観光協会局長永本さん

永本文宣さん。現在は御船町観光協会顧問(会長代行)。藤木町長と震災以前から一緒にまちづくりを進めていた。TSUNAGARIに活動拠点を提供することを決心する。

最も大切なことは、一番困っている人に早い支援を行うこと

——どのような流れで、TSUNAGARIと御船町の連携が始まったんですか?

「観光協会の職員から、知り合いのTSUNAGARIという災害ボランティア団体が御船に来ている、という話を聞きました。

彼らが活動拠点を探している、と職員から相談を受けた私は、非常事態でもあり沢山のボランティアの助けが必要だと考え、観光協会の事務所を使っても良いとの指示をだしました。

また、その後勝又さんが来られた日に、職員が町長を紹介しました。
結果、町長が『TSUNAGARIを御船町の公認ボランティアにしよう』という発表を行いました。

 

震災直後でいろんな情報が錯綜し、混乱している状況だったので、「一番困っている人にどうしたら早く支援をできるか」ということを何よりも軸に考えました。

そこで県知事の指示よりも早く、自分達のFacebookで『ボランティアが足りません』という動画を投稿しました。

藤木町長とTSUNAGARI勝又さんの写真

県の社協が『県外のボランティアは自粛してください』という指令を出しましたよね。しかしすでに、御船町はボランティア募集という態度を取っていた。そこからの様々なバッシングはすごかったですね」

 

ネットの炎上が抗議の電話に。クラウドファンディングも叩かれる要因に

——県の判断に反していると叩かれたんですね。そこから炎上が始まったと。

「はい。すぐに抗議の電話もたくさんかかってきました。町長室に電話が来たり、もちろん私個人の方にも連絡がきました。しかし、現場は災害が起こったあとの混乱で、町長も私も抗議の電話に一つずつ構ってはられない状況でした。

 

加えて、その後行われたクラウドファンディングのことでも叩かれましたね。

 

集まったお金を、代表の勝又さんがネコババするといったデマ情報がネットで出て、またまた叩かれて…という感じです。クラウドファンディングは大体900万ほどで一旦止めましたが、そこで集まったお金を、TSUNAGARIさんは全て御船町に寄付してくれました

御船町からの感謝状

 

まとめ

・県による自粛要請よりも、目の前の困っている人への支援を重要視してボランティア活動を開始した。
・また、クラウドファンディングで集めたお金は全て、御船町に寄付された。

 

「TSUNAGARIがいなかったら社協の負担は2倍になっていた」

御船市社会福祉協議会

宮嵜正雄さん。御船町社会福祉協議会(以下社協)で介護予防・地域福祉係をつとめる。震災後は社会福祉協議会で市民からのニーズを受け取ったりしていた。社協として一緒に活動していた複数のボランティア団体と情報共有をする必要があり、その時にTSUNAGARIと出会う。

とにかく不足していた人手

——震災直後、御船町の社会福祉協議会はどういう状況だったんですか?

「そうですね…災害直後は、とにかくマンパワーが不足している状況でした。

社会福祉協議会(以下社協)も役所も、災害が起きたときの市民対応以外にも、様々な仕事があります。

例えば、安否確認などにも人が必要で、限られた社協の人員では一つの業務に職員をたくさん配置することができないのが現状です。

とりあえず人が足りない状況だったので、TSUNAGARIさんもボランティアセンターを立ち上げました。もちろんTSUNAGARIさんだけでなく、NPO法人レスキューストックヤードさんや、NPO法人み・らいずさんなど他の団体にも活動してもらっていました」

 

社協ができない作業をやってくれたのがTSUNAGARI

——ボランティア団体がいてくれて具体的に何が助かりましたか?

「一番助かったこととしては、役割分担ですね。社協で行うボランティア活動は基本的に安全第一なので、主に崩れてしまった瓦礫の運搬などを行なっていました。

安全面の考慮のため、社協ではできない活動があります。
例えば、依頼数が多かったのが、崩れた屋根にブルーシートをかぶせる作業です。屋根の上に登ることは危険が伴うので社協ではこの作業を請け負うことはできないんです。

そういった専門性の高い作業などを、TSUNAGARIさんをはじめとしたNPO団体などにお願いしていました。
TSUNAGARIさんがいなければ、社協としては断らざるをえない仕事も多かったため、非常に助かりました。

もちろんこれらの業務を専門的に行なっている業者の方もいましたが、当時の状況的に業者も明らかに人手が足りていない状況でした」

 

TSUNAGARIは社協と同等の作業量をこなしてくれた

御船町とTSUNAGARIの会議

——得意な分野を役割分担できたのは大きいですね。作業量はお互いどのようなバランスだったのでしょうか?

「社協を通して活動したボランティア人数は全部で4903人で、完了したニーズは756件です。
一方でTSUNAGARIさんを通したボランティアの方は4552名、完了したニーズは758件。

つまり、TSUNAGARIさんと社協の活動は単純な作業量だけでいうとほぼ同じであることがわかります。
もしTSUNAGARIさんがいなかったら、社協が安全性を理由に断っていた作業はたくさんあったでしょう。
もちろん、安全性を抜きにしてもTSUNAGARIさんは様々な作業を社協に代わって行なってくれていました。
社協だけで、町民の全てのニーズに対応するには、約2倍の活動量が必要だったかもしれません。

そのおかげもあって、震災があってから3ヶ月後の7月には、私たちは通常業務に戻ることができました」

 icon-flag 補足
社協は7月から平日に通常業務を行いながら、土日は職員が交代で災害ボランティアセンター運営を担当した。

まとめ

・震災直後は役所や社協では圧倒的に人員が足りていない上、社協では安全性の問題で対応できないボランティアニーズがあった。
・そういったニーズをボランティア団体が担当し、最終的にTSUNAGARIが完了したニーズ数は御船町の社協がこなした量とほぼ同じ。

 

この3人のインタビューから「なぜTSUNAGARIが早期で熊本に入っていたのか」また、「クラウドファンディングで集めたお金がどう使われたのか」そして、「実際にTSUNAGARIの活動内容がどのようなものであったのか」が明らかになった。

 

しかしまだ、批判されている勝又氏の人間性に関する話は出てきていない。

 

また、今回インタビューさせていただいた役所の方や以前から関わりを持っていた人たちではなく、一般市民の目には、TSUNAGARIはどのように映っていたのだろうか?

そうした部分を詳しく聞くために、御船町の町長である藤木さんと、御船町で被災した女性にお話を伺った。

 

 

次回「TSUNAGARIという団体のもつ理念と、噂の力」に続きます。

TSUNAGARIの理念と、噂のもつ力

2019.04.03

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