最終更新日:2022/09/03 (公開日:2020/02/01)
[生き抜く知恵]vol.7 着物
滋賀県長浜市のとある場所にある、生き抜く知恵の実験室WEEL。
ここでは日夜「生き抜く力」について考え、時にそれらを身につけるための実験やチャレンジや発信がおこなわれています。
「防災」って、きっとこれからの時代においては自然災害に対するだけのものじゃなく、人生そのものを生きていくための「生き抜く力」のことになる。そんな仮説のもと、生き抜く知恵を学んでいく暮らしの中で、特色あるゲストを招いての特別研修もおこなっています。
今回は、「着物」。
わたしたちが学んだ生き抜く知恵を少し、ご紹介させてください。
生き抜く知恵のかけら
・不便から生まれる利益を享受する
・言葉だけでない周りへの影響を考える
・好きなものを通して社会を知る
知恵の持ち主は島崎 加奈子さん
1985年東京都生まれ。2008年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。
大学時代に松井扶江プロきものスクール(現在のプロきものスクール)に通い、和裁を学ぶ。その後たんす屋青山店店長を務め、着物の販売を通して着物の知識やコーディネート着付けを勉強。
2011年、株式会社リクルートに入社。2014年同社退社後、着物イベント団体 ”きものでかける”を立ち上げる。個人としても着物・和文化ライター、メディア・コンテンツの企画、専門学校講師などとして活躍中。
きものでかける
「きもので出かける」「きものと何かを掛け合わせる」「きもので駆ける」
敷居の高い”きもの”を、もっと気軽に楽しくしたいと毎月1回着付け練習会やお出かけ・体験できる一日を企画運営する団体
日本が嫌い、だから日本をもっと知ることが必要だった
結局は自分のことを知らないと相手を真に理解できない
島崎さんは大学で国際関係学科に所属していたことからもわかるとおり「海外で活躍したい」とずっと思っていた。彼女は”日本人は”本音を言わない人が多いと感じることが多くあり、いつからか日本を嫌いになっていたという。大学では海外の文化や社会を学び、長期休みの度にお金を貯めて海外に足を運んでいた。しかし、海外のことを理解しようとすればするほど、自国「日本」という比較すべき軸を持っていないことや、そこへの理解が少ないないことにもどかしい思いを抱えていたそうだ。
自分のこと、自分の国のことを知らないのに、
他人や他国のことを深く知ることはできないのではないかーー
大学2年生も終わろうとしていた頃、たまたま大学の生協の本棚で”和裁士”に関する本を発見。以前から洋服を作ることが趣味だったこともあり、「これなら日本のことを楽しく学べるかもしれない」と、大学の授業後に和裁スクールに通うことにした。これまで全く興味のなかった日本文化も、和裁を通すことでその素晴らしさや日本人の考え方などを自然と知ることができた。彼女にとっては、これが大きな人生の転機となった。
風土や自然を取り込む日本の美的センス
和裁について学ぶ中で島崎さんが初めて感動したのは、洋服と異なり着物は“ほとんど生地を余らせない”作り方になっているということ。大体の着物は、幅約38センチの反物に、垂直・平行に間を空けず、真っすぐ鋏を入れることで裁断が終わる。対して洋服はパーツごとの形が複雑なため、布は様々な形に切り取られ、その余りを使用することは難しくどうしてもゴミが生まれてしまうのだという。着物は反物から布地をほぼ余すことなく使い切る、いわば「エコ」な布の使い方をしているという点に、島崎さんはまず驚いたのだそう。
また、同じ染料を使って生地を染めたとしても、染料を溶かしたり、すすいだりする水に含まれる成分が異なることで、出来上がりの手触りや色合いが異なってくるという。日本はこんなに小さな国なのに、その中で生まれた着物は実に多様性に富んでおり、またその土地の方々がその土地の自然を活用されて作られているということに、島崎さんは心から感動したのだそうだ。
「日本人はしゃべらないだけで、本当はいろんなものを主張していたんだ」ーー
それまでは「日本人は海外の方々と比べて表現下手。なぜ考えていることがあるのに伝えないんだろう」と思っていたものの、そんな彼女の考えは覆され、「日本人は実はたくさんの主張をしていたんだ」と気づく。主張が伝わりやすい「言葉」というコミュニケーションにおいては日本人は言葉不足かもしれないけれど、時を超え、手間をかけ、身に纏う衣服という文化ひとつに込めるその軽微な差異から伝える表現力は、まさに日本人ならではの美的センスだといえるものなのかもしれない。
アクションするための条件を整える
日本のことを見つめ直し、さらに着物の魅力を知った島崎さんは、「着物を通して日本の魅力をたくさんの人に伝えたい」と考えた。まずは着物を着てもらおうと、何度かプロトタイプを回してわかった”日本人が着物を着ない理由”は、「きっかけがない」「着ていく場所がない」「仲間がいない」という3点。この3つの条件を解決すれば多くの人が着物を着るようになり、日本の魅力に気づくのではないかと考えた彼女は、自分たちでその課題を解決しうる団体をたちあげた。それが「きものでかける」である。
不便だからこそ自分と向き合う時間ができる
着物を着る際に、着物が本人に与える影響は様々だ。洋服を着ることと比べて手間がかかるということは誰もが想像しやすいかもしれないが、実はそれ以前に「着物を選ぶ」のも苦労するポイントになるという。洋服のように色合いを気にして選ぶだけでなく、柄の種類、生地の種類、紋の数、そしてそれらの組み合わせ方により着物の”格”*は変動する。結婚式や入学式などフォーマルな場では特に、そして季節や着ていく所、一緒に過ごす相手のことを考えながら、着物は選ぶ必要がある。洋服にはない着物のマナーやルールは、慣れない人にとってはすこしめんどうで、簡単ではないと感じられる要因にもなっているといえるだろう。
*洋服の場合でもTPOに合わせて着ていける服が変わるように、ドレスのようなフォーマルなシーンでの着物や、ジーンズのように気軽に着用できるラフなものなど様々な格の着物を「組み合わせ」によって生み出していく。
しかし、島崎さんは「この一つ一つの選択が自分と向き合う時間になる」と捉え直した。簡単ではなく、不便だからこそ生まれるこの時間は、ともに過ごす相手を思い、その場に自分という存在が与える影響を想像し、ここまで続いてきた文化を想うひとときとなる。わからないことはすぐ検索することができる現代。でも、この便利さが「自分と向きあう時間」を搾取しているような気がすると島崎さんは言う。自分で考え選択するという日々の思考訓練は、着物を着ることだけではなく様々な場面で活用できる知恵になるのではないだろうか。
効率化を求め便利になりすぎた今、不便さによって生まれる時間や空間は価値を見出されにくい。けれども、今という時代だからこそ、自分を見つめ直し、さらには自分を超えて相手やコミュニティ、社会や歴史をみつめるきっかけをつくる「利」にもなり得るのだ。
言葉だけがコミュニケーションではない
着物を着ていることは、日本に遊びにきてくれた外国人の方や来訪者への”見えるコミュニケーション”にもなると島崎さんは言う。季節による布地の違いや色合わせ・模様の違いにより、着物は見ている人に多くの情報を伝えることができる。見た目でその場を明るくもすれば静かにもし、時に涼しく、時にあたたかく、彩を加えたりおだやかにしたりすることができる着物は、言葉でそれらを伝えるよりもはるかに多くの人にその場の状況や想いを伝え心を動かす力を持っている。
さらには、旅行者との間だけでなく普段の生活の中で着物を着ることで地域の人たちや仕事先の人たちとのコミュニケーションが増えるとも島崎さんは言う。いつもであれば必要のあるやりとりのみで終わる会議や会合も、着物一つでプラスアルファのコミュニケーションが増え、その場に笑顔を生み出す仕掛けとなるのだそうだ。
着物を着ることで自分の思考が変わり、自分を中心とした風景が変わり、周りの人々や環境が変わる。これが続けば、社会は少しずつ変わるかもしれない。
私は着物を知ったことで、より良い社会へと世の中を変えようとするより、まずは自分から変わったほうがその目的に到達するの早いのかもしれないと思えるようにもなりました。ーー
好きなものを通して社会を知る
日本文化や意味合い、背景までをも理解して丁寧に選び、たとえ着慣れない中でもより美しく着こなそうとする人々の意思が着物には見えるような気がする。
意思のある服装にこめられた想いやクリエイティビティに人は惹きつけられるし、それは自分自身の自信にも繋がる。身に纏うものひとつを「きちんと選ぶ」というだけでも、それが無意志に選択したものではないことで”自分が自分として生きる”ための小さな力になるようになるのではないだろうか。今回の知恵の持ち主としてお話を伺った島崎さんは、日本を通して海外を知り、自分を通して他人、そして自分自身をも見つめなおしているように。彼女にとっての「着物」は、私たちにとって何ににあたるだろう。
好きなものを通して世界や社会、時代の流れを知るということは、答えのないこの時代に自己を認識し自分や身の回りだけでなくそれら社会全体の動きや他者を把握することで選択できる幅を増やすことにもつながる。これこそ、生き抜いていくための知恵であり今この時代にこそ必要な力なのかもしれない。
他にも生き抜く知恵の実験室WEELでは動画配信など様々な取り組みを滋賀県長浜市さんと行なっております!ぜひ下の画像をクリックしてご覧ください!