【 ぼくたち、熊本地震で出会いました vol.1 】

 

今回、特集を組む白川が対談相手に選んだのは、
ハンドパンという楽器を演奏されるSHUさん。
ハンドパンは世界で一番新しい楽器と称され、
演奏されるSHUさんは日本テレビ「世界まる見え!テレビ特捜部」など
テレビメディアにも今や引っ張りだこ。

そんなSHUさんと白川は、熊本地震をきっかけに出会ったそうですが、
ストリートライブで出会っただけで、共に現地で活動したことなどは特にないんだとか。

「あのときのことを、音楽家という視点でも、
いち人間という視点でも、今だからSHUくんと
話すとおもしろいと思うんだよね」という、
白川きっての対談、スタートです!

【ハンドパン奏者 SHU プロフィール】

大阪府の最北端、豊能町出身。豊かな自然と多いとは言えない人口の町で育つ。14歳のときにTHE BLUE HEARTSのDVDを親が観ているのをたまたま横で観て、人生が完全に狂わされる。(実は幼少のときに親がよくテープなどで聴いていたため、その時は衝撃とともに懐かしさがあった。)中3の終わりごろに友達とバンド「DAM」を結成。2013年3月、関西大学文学部比較宗教学専修卒業。2017年1月28日DAM脱退後、現在はハンドパン奏者として活動中。趣味は読書、映画鑑賞、美術館・博物館巡りなど。

 

 

白川
SHUくん、今日はこんな異色な取材を引き受けてくれてありがとうございます。
音楽家に、曲のことではなく災害の取材をするという(笑)

 

SHU
いえいえ。なんか取材っていうよりは、烈くんと普段から話している感覚で、テーマがたまたま「熊本地震」なだけというか。

 

白川
ほんと、そう(笑)
ぼくたち、熊本地震で出会ったわけですけど今振り返ってみて、どうですか?

 

SHU
そうだなー、僕の中で熊本地震は「くやしい」がほとんどだった震災でした。

 

白川
その「くやしさ」ってのはもしかして、東日本大震災が関係していたりします?

 

SHU
そうです。東日本大震災で感じた「くやしさ」がたくさんあった。
たしか、初めて被災地に行ったのも3.11の半年後とかだったんですよ。自分の中では遅い動き出しだったんですが、それでも現地はぐちゃぐちゃな状態でした。

そのときは「復興のために自分が何かできた」というよりは、向こうで友人や家族みたいに関わってくれる人たちができて、その人たちとの笑顔のなかにただ自分がいるだけだった。とにかく、自分が何かできたという実感はなかったんです。

 

白川
あー。

 

SHU
そのときの「くやしさ」があったから、熊本地震のときはもっとこう、東日本大震災を踏まえたうえで、何かができるんじゃないかって驕ってた。

 

白川
思ってたじゃなくて、驕ってた。

 

SHU
いざ動き出したのが熊本地震の2週間後とかで。東日本は半年後とかだったから、あのときよりもっと、個人的なレベルでもやることがいっぱいあるだろうなと思ってた。それこそ、烈くんと出会ったきっかけでもあるストリートパフォーマンスで集めたお金も持って行ってたし。

けど実際に行ってみると、どこにいっても自分がやれることがなかったんです。

 

白川
そのときは、熊本のどこに入ったんですか?

 

SHU
たしか、益城だったはず。あとは市内かな。
益城が一番ひどかったって言うけど、自分が動けた実感があったのは市内でした。

 

白川
益城は特に被害が大きかった。だからこそ、専門的な人たちじゃないと手を付けづらいことも初めのうちはあったでしょうね。

 

SHU
そうして帰ってきて、「何かできる、力になれると思って行った自分、キモいな」って思ったんですよ。ホントに。おこがましいし、驕っているにもほどがあった。

でもそこで、熊本の現地でバリバリ活動している人から言われたセリフが妙に残っていて。「熊本の人たちは防人文化が強いから、外からやいやい言わなくても立ち直っていきそうなんだよね。だからそこまで急がなくてもいんだと思う。」って。

 

白川
ああ、それはほんとですね。実際に急いで復興させようとしているのは外の人たちで、そこまで急いで出来ないっていうのは現地の人が一番わかってる。身に沁みてわかっているんだと思う。
SHU
変だったなー、あの地震での体験は。
ほんと、力になれることがないってのがしんどかった(笑)

だから、ストリートライブで集めたお金をどうにかして使わなきゃ!って思っちゃってた。
けれどなかなか見つからなくって、結局思いついたのが、熊本産のいちごを買って、避難所にいる人たちに配ったんです。当時のぼくができることは、それぐらいしかなかった。

それも、「この手元にあるお金をどうにか使わないといけない!」って気持ちがあっただけで、使い道としては正直しっくりきてなかったですし。

 

白川
熊本の中の空気感というか、雰囲気はSHUくんなりにどう感じましたか?

 

SHU
なんかこう、全体的に「助け」みたいに見える行動を必要としていないムードがあったんです。
だから僕自身も募金を募ったこと自体が、どこか浅はかだったようにも思えた。

 

白川
昔にぼくも「募金活動は思考停止だ」って記事を書いたことがあります(笑)
でも、その空気感を感じれているSHUくんはすごいなあ。なかなか感じれないですよそれ。

ぼくが熊本で1年間、現地責任者として支援活動をしている中で感じたのは、良くも悪くも満足して帰っていく人が多い気がしていて。べつに悩んで欲しいわけじゃないんですけど、葛藤を覚えたこと自体に満足されたりとか。それは当時、とても違和感を覚えていました。だからこう、実感を求めずに行っている人の方がしっくりきてた。

 

SHU
いやあ、思いたくなかったですけど(笑)
そんなことも含めて、自分にとっての災害という言葉を、東日本とはまったく違う方向から考えさせられた地震でしたね。

 

 

(つづきます)

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