2019.07.30

【 ぼくたち、熊本地震で出会いました vol.2 】

written by 烈白川

 

白川
少し話は変わりますが、SHUくんは音楽家、いわゆるアーティストじゃないですか。

SHU
あまり自分でそう名乗りたくはないですけど(笑)

 

白川
アーティストの人たちって、災害が起きた時に自分の表現を使って動かれる方が多いと思っていて。「災害で感じたことを歌にしました」「今も被災されている人たちに書を送りたい」だったりだとか。
SHUくんはそういったことは何かされましたか?

 

SHU
うーん。それよりも、自分が大阪にいるからこそ、あまり興味がない人が興味を持つきっかけをつくろうと考えたかなあ。
それこそ、烈くんと出会った「熊本地震の支援に使います」という立て札を立ててストリートライブをしていたのもそうだし、「そういえばあそこ今大変よなあ」と何気ない会話のなかで入れてみたり。
曲を聴いてもらうというよりは、そうした興味のきっかけになってもらうことをまず意識しました。

ミュージシャンでいうと、被災地に胸を張って演奏しに行ける人たちは本当にすごいと思う。

 

白川
それ、詳しく聴きたい(笑)

 

SHU
例えば、大阪でお金を集めて、そのお金を被災地に持っていくことはとても美しいことだと思うんです。
そこをあえて、自分がやっている「音楽」というツールを使って現地へ行って、自分たちの演奏をする。それって、めちゃくちゃエゴじゃないですか。

 

白川
エゴですね。

 

SHU
でも、それを”ちゃんと”できる人たちってすごいと思うんです。その人たちは、ぼくの分からないところで物事を考えているんじゃないかなとも思う。ぼくだったら、できないですもん。

 

白川
胸を張って、エゴを突き通せるってところが。

 

SHU
「俺たちの音楽を聴いて元気になってくれ」って被災地に向かうミュージシャンがいたら、本当にすごいと思う。それは自分たちの音楽を信じ切っているんじゃないかな。

 

白川
中途半端だったりそこに迷いや疑問があるとそれはできないわけわけですね。

ぼくはむしろ災害が起きた際、そうした自分の表現をする人たちに、ずっと違和感があったんです。
周りでそんな人たちが多かったのもある。「筆文字で書いたシールを売ってそれを募金します」とか「震災の歌を作ったので聴いてください」みたいな。
ぼく自身もそうですが、こんなときって自己表現に走りがちだと思うんですよ。

 

SHU
表現者あるあるですね。

 

白川
です(笑)ぼく自身もやっぱり、つい自己表現をしたくなっちゃう。
でも、それは本当に必要か?と思ったんですね。
今本当に必要なのは、自己表現するよりもバケツリレーの一員になることなんじゃないか、って。

 

SHU
僕はそれを気持ちの問題だと思っています。
自己表現であれなんであれ、「何かをしよう」と思う側の人間が気持ちよく動けていないと、向こうの人も気持ちよくないんですよね。
「これが最善だと思いました」って、心から思って気持ちよく動けていないと、そのズレは必ず向こう側に伝わっちゃう。

白川
そうですね。そのズレはのちのち、違和感とか不快感に変わっていきます。

 

SHU
だから結局、「身を削って」やっちゃうとなかなか続かなかったりする。
その手段がビジネスであれ自己表現であれボランティアであれ、気持ちよく付き合えるなら何だっていいんじゃないでしょうか。

 

白川
だからこそ、「自分たちの歌を聴いて元気になってくれ」と胸を張れるのはスゴい。

 

SHU
そう。ビジネスもアーティストも誰でも、大事なのはそこなんじゃないかなって思うんです。

僕が熊本地震のときに、何かできると驕っていたっていう最初に戻っちゃうんですけど。
烈くんもそうだと思うけど、変な話、ぼくたちってある種、東日本大震災や熊本地震に感謝している部分はあると思うんですよ。

熊本地震がないと出会わなかった人たちがいて、見えなかった自分がいて。僕は胸を張って、あの地震があったからこそ出会えた人たちがいるんでって言える。

それとはちがう、変な特別意識を持っちゃうと気持ちよくできないんじゃないかな。
自分と被災地との関係性において、優越感があったり、その優越感が引け目になったり…

いわば、「助けに行ってやってるんだぞ」みたいなのもそうかもしれない。

 

白川
それって、ぼくのなかで「距離感」って言葉が当てはまるんですよ。近すぎてもいけないし、遠すぎてもいけない。物には持ち主があるように、自分と何かの間にも、適当な距離感がある。その距離感は経過した時間や自分によって変化していくものだから、常々自分の適当な距離感を保つことが大切なんじゃないか。近すぎず遠すぎず、近付けすぎず遠ざけすぎず。

 

SHU
そんな気がします。仮に引け目を感じたとしても、それは距離感だと思う。

僕のストリートライブで募金してくれた人たちに、気持ちのこもっていないお金はなかったと思うんです。「今日の晩御飯、なににしよう?」とおんなじレベルで考えてくれた人たちから預かったお金で、僕はその間に居るだけというか。中継している、介させてもらっているんです。それはつまり、自分一人だけでは、推し量れない距離感の中にいる。それはつまり、僕だけでは完結しないということなんです。

 

白川
自分が直接関われることなんて、限られてますもんね。手は二本しかないし、身体は一つしかないし。震災に限らず、自分と”それ”との距離感をどう保つか。

いやあ、推したいところ盛りだくさんで、まとめるの大変だなあ、これ(笑)
そろそろ、この対談も終わろうと思いますが、最後にSHUくん、何かありますか?

 

SHU
震災だけの話じゃないんですけど、僕はこの世界において温度差ってのがとても気持ちいいんです。

例えば被災地の復興のために何かしたいと思う人もいれば、まったく興味のない人もいる。ボランティアさんは県外からたくさんくるけれど、被害の少ない隣町の人たちは他人事のようだったり。熱いとか、冷めてるとかではなくって、そんな色んな人の温度差を、僕は全員等しく大切にしたいと思っています。

 

白川
出た、SHUくん節(笑)
気持ちいいですね。ぼくとSHUくんでこれ以上話しても、きっとこの先には行けないだろうなあ。また1年後とかに、話してみたいですね。あれから、どう思ってる?みたいな。ぜひまた、取材をさせてください。

SHUくん、今回は有難うございました!

 

SHU
これをまとめる烈くんが、ほんと大変だなあ(笑)

 

 

(おわり)