「猫が死んでいた」

 

 

 

猫が死んでいた。

 

たぶん、車に轢かれたんだろう。 眼球が飛び出て、腸は露わになり、枠から出てきた絵のような臨場感がある。

 

あまり意味も分からないまま手を合わせて、冷たく、魂一つ分軽くなったその躰を両手で抱えながら歩道まで運ぶ。

 

歩道の横の地面に、両手で土を掘って埋めた。

 

「おまえに手を合わせて埋めるだなんて、おれたち人間のエゴだよなあ。でも、ごめんな」と土を掘りながら考えるように言葉を発する。

 

エゴだと分かっていながらも、土を掘る手を止めることはなかった。

 

 

猫は知らない。でも、おれがそうしたかったから。

 

 

どこかの漫画で似たようなシーンがあったことを思い出す。確かその漫画では、そのあとにこう言っていた。

 

 

『 たぶん俺も、こんな風に死ぬんだ 』

 

 

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崩落した阿蘇大橋を視察している途中で、道路のど真ん中で猫が死んでいた。

 

震災とは何の関係もありません。けれど、今でも心に残っていること。

 

震災で人が亡くなった。その一方で、猫が車に轢かれて死んでいた。

 

埋めたことに特に意味はない。手を合わせたことにも、特に意味はない。

 

ただ、自分がそうしたかったから。

 

魂一つ分軽くなった猫を抱えながら、”いのち”について考えた。 そんな僕を見て、たぶん猫は向こうで笑ってる。

 

 

 

 

 

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